Sep 25, 2010

記憶に残したい情報は、高くてもいいので良い品質のコピー用紙を

インターネットやデジタルカメラでの撮影情報や写真などを紙に残したい方は結構いると思います。家電量販店で販売されているコピー紙はさまざまな種類があります。数十枚500円程度のものもあって、500枚程度で300円で買えるものもあります。安いものは確かに良いのですが、滲みてしまったり、保存期間が非常に短い場合が多いです。一生に一度のことは、お金をかけずいいので、普段とは別のコピー用紙をお勧めします。
店頭ポップなどの用途に使用するために購入した厚手のコピー用紙が残っていたため、インターネット上で無料の画像などをダウンロードする画像処理ソフトウェアで簡単な字幕を作成し、コピー用紙に合わせて印刷するだけで何枚か撮って、それをホチクキスエソ立てて簡単に絵本のようなものを作ることができます。完全な創作絵本を作成できるため、子供もあきずに楽しんでもらえるようです。
 東日本大震災後、出漁を見合わせていた宮城県沖合底引き網漁協所属の漁船13隻が7日、2カ月ぶりに漁を再開した。拠点だった石巻漁港が使えず、津波被害が少なかった塩釜港から出港。全船が一斉に金華山沖の漁場に向かった。
 同漁協の所属船は3月11日、福島県沖で操業しており、全船が被害を免れた。震災直後に石巻に戻ったが、漁港が水揚げ機能を完全に失った上、県の操業自粛要請も出たため出漁を見合わせていた。
 船会社の多くも被災し、一時は廃業を検討する組合員もいた。漁協は早期の漁再開を模索し、水揚げや補給を行えるよう塩釜港に依頼。操業再開にこぎ着けた。
 福島第1原発事故の影響を考慮し、今の時期の主漁場である福島―茨城沖ではなく、当面は岩手県境―金華山の60〜70キロ沖で操業する。キチジやマダラ、沖ハモなどを狙い、塩釜港に水揚げする。魚市場の受け入れ能力に合わせ、水揚げ量を調整する。
 第86竜神丸(75トン)の漁労長津田興志さん(69)は「漁場がどうなっているか、まずは魚の様子を見に行く。石巻が正常化するのを待ちながら操業を続けたい」と話し、船を沖に出した。
 漁の再開に先立ち、県は金華山沖で漁獲対象となる6魚種の放射線量調査を実施。スケソウダラで唯一、放射性セシウムを検出したが、国の暫定基準値を大きく下回り、安全性が確認された。
 県沖合底引き網漁協の鈴木広志組合長(62)は「復興に向け、わずかでも希望の光を感じてほしいと願って船を出した。多くの方々に協力を頂き、感謝の気持ちでいっぱいだ。宮城の船が取った魚を宮城の人に食べてもらいたい」と語った。

 国際記念物遺跡会議(イコモス)が「平泉の文化遺産」を世界文化遺産に登録するよう勧告したのを受け、地元の岩手県平泉町は7日、歓喜に包まれた。「震災で失われた東北の力を平泉から取り戻そう」。12世紀の昔、奥州藤原氏が恒久平和の理念を掲げて築いた平泉の地で、子孫たちが登録内定に沸き、復興への思いを新たにした。

 平泉町役場には7日午前4時16分、県を通じて勧告の知らせが届いた。菅原正義町長は記者会見で「大きな山を越え、ほっとしている。岩手、東北が震災を乗り越えて元気を取り戻すためにも、登録でもたらされる光を平泉から発信したい」と語った。
 毛越寺の藤里明久執事長は「登録が復興への一筋の光明となることを願う」との談話を出した。
 町内の史跡にはこの日も大勢の観光客が訪れた。中尊寺を拝観したさいたま市の会社員森山雄平さん(30)は「東北は震災のつらいニュースばかりだったが、世界遺産をきっかけに観光や経済が活性化し、被災地も元気になってほしい」とエールを送った。
 例年30万人の観光客が訪れる町の大型連休の催し「春の藤原まつり」も震災の影響で、ほとんどの行事が中止に追い込まれた。伝統行事の薪能を主催する「中尊寺薪能の会」会長の岩渕勝次郎さん(80)は「震災の傷跡は大きいが、来年は世界遺産の舞台で、被災者に能を楽しんでもらいたい」と話した。
 平泉は世界遺産登録に初めて挑んだ2008年、日本の推薦遺産として初の「落選」という悲哀を味わった。町民の間では3年間、「屈辱をばねに」と街づくりを進める機運が高まった。
 町内の耕作放棄地に菜の花を植える「平泉なのはな会」の活動もその一つ。栽培面積は20アール以上に増え、中尊寺で燃え続ける「不滅の法灯」の燃料用に菜種油を奉納している。
 会長の千葉正吾さん(65)は「(前回の落選は)住民が平泉の価値を見直すきっかけになった。生みの苦しみと言え、結果として素晴らしい3年間だった」と勧告を感慨深そうに受け止めた。

◎関係者に敬意
 菅野澄順中尊寺執事長の話 登録勧告の一報を受け、関係各位に深甚の敬意を表する。推薦書にある「仏国土」とは全ての生命に平等に開かれるものであり、共に浄(きよ)める人々の営みそのもの。登録勧告の知らせが東北をはじめ日本復興の励みとならんことを祈念する。

 福島県いわき市の小名浜港で7日、魚市場前の岸壁に乗り上げた大型巻き網漁船2隻の撤去作業が始まった。同港を拠点とするカツオ漁は6月上旬にも始まる予定で、魚市場も今月23日の再開を目指している。漁業復興へ動きが活発化してきた。
 撤去されるのは、酢屋商店(いわき市)が所有する巻き網船団の2隻。7日は、完全に岸壁に乗り上げた1隻が、国内最大級のクレーン船で岸壁上に置き直された。船底の修理後に海に戻す。船首が乗り上げ、後部が沈んでいるもう1隻は9日に引き揚げ、廃船にする予定。
 酢屋商店は、漁船7隻のうち、小名浜港と石巻市で2隻ずつ被災。残る3隻と借り受ける1隻で船団を組み、6月上旬にも千葉県沖付近でカツオ漁を始めるという。
 小名浜市場では、市が管理運営を委託する小名浜機船底曳(そこびき)網漁協が、コンベヤーの修理や入札の準備などを進めている。福島第1原発事故の影響で福島県沖で漁は行われていないが、今月23日にも他の海域で捕った魚が水揚げされる可能性がある。
 同漁協組合長で、酢屋商店の野崎哲社長は「風評被害の懸念はあるが、漁や水揚げができなければ何も動き出さない。カツオ漁を本格的に始められれば小名浜港に水揚げし、復興への第一歩にしたい」と話している。

Posted at 05:20 in President | WriteBacks (0) | Edit
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